澤研究室 構造物性物理学講座 構造物性工学研究グループ
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見えないものを観る〜構造物性研究の挑戦
  新しい物理、新しい技術、新しい機能が発現するとき、往々にしてその根底に新物質の発見がある。我々の研究室では、有機物、無機物、金属、酸化物など極めて多岐にわたる物質群の結晶構造、即ち物質中の原子配置と電子状態を放射光X線により観測し、その物性の発現機構を明らかとする研究を行っている。我々の研究室では「我々が解き明かせなければ、世界中どこに持っていっても不可能だ。必ず最後までやり遂げよう」というスタンスで研究に取り組んでいる。世界最高性能の放射光施設SPring-8を用い、その性能を最大限引き出すことが出来る装置を設計し立ち上げ、試料状態を最高レベルに調整、最良の実験条件を模索して望んでいるという自負にその基盤がある。測定技術の向上というだけではなく、得られた実験データの解析手法についても様々な開発を行っている。いったい何故、我々はこんなに放射光に入れ込んでいるのであろうか?

  物質は原子からなっているが、原子が集合するのは電子が量子力学的に振舞うからに他ならない。従って、物質を明らかにするためには電子状態を検出できなければならない。電子状態を研究する手法は極めて多岐にわたるが、我々はX線回折という手法を用いている。X線回折で得られる情報は結晶のフーリエ変換に対応する。これは、音楽をデジタル変換してCDにするのと似ている。そこで、音楽に例えてX線回折の原理と問題点を簡単に説明しよう。

  音楽は「音」から構成されている。音とは空気の振動であり、波の性質を持っている。様々な音は多くの波の重ね合わせで表現することが出来るので、逆に重ね合わせる音の情報だけ持っていれば、音を再現することが出来る。音の情報とは、波の振幅、周波数、位相である。これらの情報は数値なので、アナログデータであった音楽を音の成分に分解して数値化することによってデジタル化することが出来る。本来自然の音とは、無限の数の波の重ね合わせとなる。しかし、それではアナログデータを圧縮したことにならないので、CDでは周波数を20Hzから20kHzに制限して数値化したものだけを記録することにしている。この音の成分をデジタルからアナログに変換することで音楽を再生することが出来る。

  CDに素晴らしい音質で録音されている音楽であっても、安価なラジカセ(今や死語?)で再生した場合と、ものすごく高価なステレオで再生したものとでは音質が全く異なる(何といっても高価な装置でしょぼい再生音では精神的にもよろしくないが、これは本筋とは関係ない)。特にクラシックなどでは、フルートやオーボエ、バイオリンなどの繊細なソロ演奏からフルオーケストラの大音響までが一曲の中に凝縮されている。このような場合、音楽を完全に堪能するためには音響のダイナミックレンジが十分でなければならない。一方、弦楽器などは単に一本の弦を震わせた音だけを聞いているのではなく、倍音と呼ばれる共鳴音を合わせて聞いているために、高い周波数の音を再現できないと原音に近くならない。この意味で、CDの20kHzという高音の制限は不十分とも言われており、新しい規格のCDも現れているし、何よりも生演奏に触れることがデジタル時代の現代でも重宝されている。(最近のコンサートで電子機器が多用されているのをみると、原音の考え方も変化しているのであろうか。特に、モバイルの音楽再生機を何時でも何処でも手放すことがない若者たちの、音楽への感性については大いに憂慮している)

  X線の話から大幅にずれてしまったが、実は先に述べたダイナミックレンジと周波数に関する制約はX線回折の実験においても同様である。X線は電磁波の一種であるが、波長が原子間距離程度であることから、最も効率よく干渉を起こす。特に物質が結晶質である場合には、干渉は回折現象となって離散化される。これが結晶のフーリエ変換と呼ばれる操作に他ならず、X線回折と呼ばれる。現在までに見つかっている膨大な量の物質群は、どのような元素がどのように集まっているかを解き明かすことによって、その物質の結晶構造という形でデータベース化されている。

  例えば、炭素だけからなる結晶には、グラファイト、ダイヤモンドから始まり、籠状に集まったフラーレン、グラファイトシート一枚が筒状になったナノチューブなどがある。つまり、炭素だけからなると言っても様々な物質群があり、各々全く異なる性質を示す。すなわち、物質が何であるかは構成している元素種とその集まり方を解明して初めて決定することが出来る。これを同定という。

  更に、原子がどのように結合して結晶を構成しているかは、結合電子とよばれる物質たらしめる電子状態に依存する。逆にいえば、結合している電子を見ることで物質の状態を見極めることも可能となる。しかし、結合電子は二つの電子しか寄与がないため、通常の手段で正確にその状態を見極めることは困難である。同様な理由から、水素やリチウムなどの軽い元素をX線回折で精密に測定することも難しい。ところが、最近我々は孤立したリチウムイオンの空間分布を可視化することに成功した。次回は、この話をしよう!(次回って?)
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